この間の朝生で世代格差やったときも
田原とヅラの堀が発狂してたしw
「だからと言って老人殺すわけにはいかんだろ!!」
って堀が言ってたけど若手サイドの「え?なんで?」って表情が素敵だったw
この間の朝生で世代格差やったときも
田原とヅラの堀が発狂してたしw
「だからと言って老人殺すわけにはいかんだろ!!」
って堀が言ってたけど若手サイドの「え?なんで?」って表情が素敵だったw
ssbt:
yuki164xt: ラブマイナス。このゲームは女性と付き合っているところからスタートする。しかしその女性は人間性が良いとは言い難くあまり可愛くもない。あなたは彼女と穏便に別れる道を模索することになる。失敗すると包丁でさされたりする。新感覚修羅場形恋愛シュミレーションゲームラブマイナス!
>小鳥達は決して食べ過ぎません。アクの強さ、分量を本能的によく知っているからです。雀がたくさん飛んできても稲を食べ尽くすことはありません。
29 :名無しのひみつ:2010/03/07(日) 12:06:56 ID:cK5rGHtQ
加工にしやすさ、用途の多彩さにおいて「竹」というものがアジア・日本にあったことは天の恵み。
考えてごらん、「竹」の無い世界を。
37 :名無しのひみつ:2010/03/07(日) 16:24:51 ID:LMMZ12Go
»29
残留日本兵の横井さんもジャングルの「竹薮」で暮らしてたわけだからな。竹を組んだり編んだりすることで、住居や寝台をはじめとするありとあらゆる家具と日常道具を割と簡単に作れた。
純然たる木材だとこうはいかん。もっと膨大な労力を取られる。
それどころか横井氏は原始的な機械(機織り機、動物を捕らえる罠)すら竹でこしらえていた。
49 :名無しのひみつ:2010/03/08(月) 06:13:29 ID:UP/8JFZE
»37
俺も前から思ってたんだが、竹は奇跡のアイテムだよな。
形が異質な上に成長性がおかしい、逆に竹に進化したのはいつ頃からだったんだろうか?
デザイナーとプログラマーの友人が、いまはいちばん頼りになる。いままで一度も「編集者の友人がいてくれて頼りになる」と言われたことがないのは、きっとあまり頼りにならないからだろう。
出版業界崩壊(あるいは再構築)後の、編集者やライターの再就職=キャリア設計問題。これ、本気でとりくまないと大変なことになると思う。わがこととしても。
2年前に「路字」をはじめたのも、コミュニティと編集、という組み合わせに新鮮さを感じたから。同じ理由で、最近は企業との仕事も楽しい。企業もひとつのコミュニティであり、外からの視線による編集をもとめている。
正直な話、出版業界とする編集の仕事が、いちばん刺激が少なくてつまらないし、お金にならないのだよ。
「○○を編集する」、の○○に相当するものをどんどん広げていけば、いくらでも編集者の仕事は存在すると思う。むしろこれまでの出版の世界の外に。
編集とは、人やコミュニティや集団がもつ価値を、当事者の意思を超えて無意識のところまですくい取り、可視化してプレゼンテーションすること。そのためのパッケージ化を、デザイナーやエンジニアと協業で行うオルガナイザーであること。
そう考えたら、「編集」の仕事はまだまだたくさんある。そういう仕事をするときは、「編集者」という肩書きではないほうがいいのかなぁ。一般的に、そういう仕事はなんと呼ぶのだろう。
これからの編集者は、1)出版企画をビジネスとして成功させ、レベニューシェアで編集印税を得る 2)広義のコミュニティのオルガナイザーとなり、営利目的以外の価値で対価を得る、の二つに分化していくのではないか。個人的には、後者として機能する領域を拡大したい。
たとえばいろんな企業と仕事をしてみて思うのは、彼らが驚くほど自分たちのもっているメディア的な価値に無自覚であること。自己評価と外からの評価において、外からの評価が高い場合、それを可視化してあげることは、むしろクライアント自身にとって意味をもつ。
そういう意味ではたしかに編集という仕事はコンサルティングに近いかも。もちろん、コンサルだけではお金がもらえないので、メディアをつくる。実際になにかをつくってみないと、分からないことのほうが多い。
「路字」も、フリーペーパーをつくることは目的ではなくて、町にコミットするための手段だった。メディアをつくることで、目に見えないコミュニティを可視化させることができる。それは「マガジン航」も同じ。ウェブやフリペのいいところは、スタートアップの容易さにある。
(via:<a href="http://handa.tumblr.com/post/447432341">handa</a>) (via <a href="http://nakano.tumblr.com/" class="tumblr_blog">nakano</a>)
入試の試験官に自分の人生を合わせる必要なんてない。 自分の好奇心に合わせて人生を作っていけばいい。 野心的な大人はみんなそうしてる。それに、君は待つ必要はないんだ。 大人になるまで待たなくてもいい。だって、ある年齢になったり、 どこかの学校を卒業した時にぱちんと大人になるようなスイッチなんて ないんだからね。自分の人生に責任を持つことを決心したその時に、 君は大人になるんだ。何歳だってできることだ。
ばかげだ話だと思うかい。君はこう思うかもしれないね。 「ぼくは未成年だし、金もないし、親と一緒に住まなくちゃならないし、 一日中大人に言われたことをやらなくちゃならないのに!」ってね。 でもね、大人になって仕事をしていたって、やっぱり似たような 面倒な制限がいろいろあるものさ。でもやる人はちゃんとやり遂げる。 子供であることが制限の多いことだって思ってるなら、子供を持ったら どんなことになるか考えてごらん。
大人と高校生の唯一の違いは、大人はものを成し遂げる必要があることを 知っていて、高校生はそうでないということだ。 多くの人々は、それをだいたい23歳くらいの時に知る。 でも、こっそりいまから始めることを、ぼくは君達に勧めたい。 さあ、始めよう。そうすれば、君達は史上初めて、高校の時に時間を無駄にしなかったと 言える世代になるかもしれない。
What You’ll Wish You’d Known (via hikol) (via otsune) (via yaruo) (via yoosee)